よく聞かれる拠点問題についてまとめました。

Q.なぜ山形にいないのですか?

A.自分の大事にしたいものを大事にできるように選んだ結果が今の活動スタイルだからです。そして、産地に常駐しなくても職人として活動していけることを自分自身で証明したいからです。

これは弟子入りをする前段階まで遡ります。


当時弟子入りについての相談を市役所に持ち掛けましたが、正直話にならず。その時から「行政の力は借りずに自分だけで頑張ろう」と決めました。


弟子入り当初から横山氏が習っていたため、私は古内さんが休みの日に不定期に学びに行き、あとは1人で反復練習したり、他産地の職人のところでも習っていました。


そして進路を決める時期になると、師匠との話し合いで私は地元企業に一旦就職し、横山氏の修行が終わるまでの数年間で活動資金を貯めることになりました。


慣れ親しんだ地元は、イベント出展時の交通の便も良く、山形にも比較的行きやすい場所。師匠に集中的に習える日を待っている数年のうちに、今いる環境が離れがたいものになりました。

私は山形和傘に人生を賭けますが、人生を「犠牲」にするつもりはありません。師匠もまた、私が傘のために家族や友人を置いて苦しむことを望んではいません。自分の大事にしたいものを大事にできるように選んだ結果が今の形だと言えます。


それに、行政の方から「山形に住んだらいいのに」と簡単に言われると、色んな感情が込み上げてくるのです。


私が1番助けて欲しかった時に何もなかったのに、何故貴方達の言うことを聞かなければならないのか?私は古内さんのためにやっているだけ。行政のためにやっているわけではない…と。

伝統工芸の道は険しく、生計を立てることも容易ではない時代に、「それでも頑張りたい!」と言う人が現れたとして、支援もせずにその人に居住地まで要求するのは明らかな不当だと思うのです。産地に職人と物が揃っていて欲しいのは誰の都合でしょうか?職人だって1人の人間で、それぞれの生活があります。


伝統工芸が担い手不足で衰退していく中で、後世に繋いでいくために必要なのは担い方に対する「寛容さ」や常識に捉われないことではないでしょうか?


現状、弟子は横山純子氏1人だけと誤情報が訂正されないままだとか、山形でのお仕事の話が無しになるとか、産地に住んでいないことが理由で様々な障壁があります。自分の努力や存在そのものが無かったことにされる悔しさ・虚しさも味わいます。

しかしその一方で、経緯を理解して注文をして下さるお客様もたくさんいらっしゃいます。

そんなお客様を大切にして、感謝の気持ちを込めて今日も傘を作っています。